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史跡 伊部南大窯跡 伊部駅南から約300m榧原(かやはら)山麓に、国史 「伊部南大窯跡」があります。 この写真は 伊部南大窯跡を撮影したものですが、 その説明は案内板に旨くまとめて ありますので、原文のまま紹介します。 |
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史跡 伊部南大窯跡 昭和34年5月13日指定
備前焼は、平安時代の末期から現在まで約千年の歴史を持つ。その最盛期に当たる 桃山時代の様相を物語るのが、この南大窯跡である。 南大窯跡は、当時、北大窯跡、西大窯跡と並んで共同窯として使用されていたもので、 東大窯・中央窯跡・西窯の三基の窯とそれらに伴う物原(不良品、破損品を捨てた場所) から成っている。 最大の東窯跡は全長54m、幅約5mに達し、国内でも最大規模の窯跡である。 中央窯跡は全長30m、幅約2.3m、西窯跡は全長30m、幅2.8mとやや小型である。 三基とも床面を若干掘り下げた上に天井を架けて、トンネル状にした穴窯と呼ばれる 構造で天井を支えるため土柱が設けられていた。 この窯では、一回の焼成に薪き、15000〜16000貫(約56〜60t)を焚き、 製品3万4〜5千個を34〜35日かけて焼いていた。 この穴窯で焼かれた製品は壷、瓶、擂鉢などの日常雑器類が主で四石(約七百リットル) 入りの大瓶のような大形品も見られる。 それらの他に茶器、花器も焼かれており、特に桃山時代の製品は美術的に高く評価されています。 文部省 備前市教育委員会
平成三年三月設置
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伊部南側に位置します。(ピンクマーク◎)
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この大窯は、複数の家族(六姓)が関係していたので、窯に入れる作品には所有を明確にするため窯印の必要がありました。 こうすることにより、窯だし時に混乱なく区分でき、自分の作った作品の証しになって、共同窯で焼くには 「窯印」は重要な役目を果たしました。この時代、日本各地にも窯印は有りましたが、備前が最も種類も数も多いと云われています。 従って、今でも窯印を鑑定することにより時代や作者等を知ることができます。 |

約30mの時の窯構成図(江戸末期の資料より)
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